友達と新大久保の韓国料理屋で食事をしているときの事。ランチ相手の携帯が頻繁に振動している。そのたびに一瞬眉をしかめて店の外に出る彼。
食事中は携帯なんぞ切ってしまえという主義の私はすかさず嫌味を言った。
「レバ刺やユッケは鮮度が大切だから、携帯中毒の方には不向きですわね。残ったキムチと豚足でも召し上がれ」
彼と私以外に生肉を食らうものはいないので、ほぼ空になった皿と私を見比べる彼。けちな男ではないので涼しい顔で言う。
「もう一皿頼もうか?」
「頼んでも同じじゃ。その携帯のせいで、また生肉を取り逃がす羽目になるぞ。それともそんなに大切な電話なのか?」
相手はどうせ若い女の子なのはわかっている。世の中にはルックスが良い訳でも高級取りな訳でもないのに、何故だか可愛い女の子にもてる男というのがいる。私の男友達の中にも原因不明のモテ男が少なくとも二人はいる。彼はその一人だ。確かに仕事もできるし優しいし会話も上手い。一緒にいて楽しい相手ではあるが、夢中になって追い掛け回そうという男ではない。
しかし、彼の周りにはよくそんな女の子が出現する。よくよく話を聞いてみると、今回は3人ほど重なっているらしい。電話の相手はそのうちの二人。一人は20台の若い子でもう一人は30半ば。年末から年始にかけて猛攻をかけてきているという。どちらも私が偶然会ったことのある女の子達だった。
結婚してからこういった修羅場から疎遠な私は(というかオバちゃん根性なのかもしれないが)なんだか俄然盛り上がってしまった。
「そんで、本命はどれ?」
「どれも違う。だから困ってる」
「でもさ、アンタがその気にさせるようなことしたんじゃないの?」
「違う。ごく普通に紳士の対応をしていただけだ」
なるほど、二人とも仕事がらみの関係。若い方は部下で三十路越えの方はクライアント。どちらも無碍に扱える相手ではない。
「だったらいっその事どれか本命にすえろ。そうすれば言い訳できるじゃん。いつまでも独りでいるから悪いのだ!」
「いやだよ~。好きでもない相手のために面倒くさい思いしたくない」
そんなこと言ったって、アンタ。この状況のほうが余計に面倒じゃんかと思う。
その間も焼いた豚バラを韓国味噌や味付けねぎなんかと一緒にくるくる巻いて、せっせと私の口に運んでくる。
考えてみると、こんな気遣いやマメさが若い女を惹きつけるのかなと思い当たった。私のような年齢になれば、これがこの男の性分なのだと分かってやりたいようにさせておくが、若い女の子にとっては尽くされているとか気遣われているという勘違いになるのかもしれない。
その間も5分とおかず電話やメールが入ってくる。
「そんで、さっきから頻繁にかけてくる用事ってなんなの?」
食べる手と口に休憩は与えずに、酒をガンガン飲ませながらさらに探りを入れる私。
「年末から一度も会ってないから、会いたいって……」
酔ってきたせいか、非常に投げやりな口調になってきた。
「だったら、今すぐここに呼べ!」
「やだよ、アンタがいたら余計ややこしくなる」
「携帯ばっかりいじっている人と食事なんかしたくないもん。マナーがないね」
これにショックを受けた彼、というか酔っ払いに片足を突っ込んだ状態の彼。おもむろに携帯を私に押し付けてきた。
「これからかかってくる電話。全部pareが出ていい。もうどうにでもしてくれ」
面白がってはいたが、いざそう言われると困ってしまう。そんなことを言っている間にまた電話が入った。画面を覗くと若い女のほう。
「もしもし?」と私が出てみると、一瞬相手が息を詰めるのがわかった。考えてみたら、自分の好きな男の携帯に別の女が出たら結構ショックかもしれない。慌てて名乗るとようやく安心した様子。彼女は私が彼のお姉さんのような存在であることを知っている。
「いま酔っ払っててどうにもなんないから、明日にしてあげて」
私が言うと、「いま、そちらに向かっているんです。あと30分ほどでつきますから」
す、すごい……。そんな情熱をすっかり失っている私には驚愕の一言。普通なら風呂はいって寝るかという時間にわざわざ出てくるのである。若さだな。
「来てももういないと思うよ。みんな酔っ払いだし、今日はもう解散だから」
それでも行くといってきかない。困ったものだ。面倒くさくなって「いなくても知らないからね。空振りしてもいいなら勝手にどうぞ」と電話を切ってしまった。
彼はもうどうにでもなれといった様子で、まだ肉を焼いている。
一分もしないうちに、電話が鳴った。もう一人の三十路越えからだ。さっきと同じ様に電話に出ると、冷静に番号間違いかどうか確認する彼女。のっけからなぜ彼の電話に「他人」が出るのかと噛み付いてきた。
「だって、彼が出ろって言うんだもん」と、ルンルン答える。
「彼に代わって下さい」
「いま酔っ払って寝てるから無理」
彼女があまりにも攻撃的なので、ついつい面白がって意地悪になるオバチャン。
「そこどこですか?」
これから行くという彼女。これは参った。20代女子の方もコチラへ向かっているし。
「もう、帰るから来ても無駄だと思うよ」というが、それはあなたにはカンケーないと言われた。
場所を教えてあげると、すぐに来るという。
楽しんでいたが修羅場を思うと面倒になってきた。成り行きを見守っていた他の男達も新年早々いざこざに巻き込まれたくないと意見一致。最近ハマッているカムジャタンを諦め移動となった。
恋する女とはものすごいエネルギーを持っているのだなと思った。冷静に相手を観察していれば脈ありかどうかわかりそうなものだ。たとえ彼が思わせぶりな態度を取ったとしても。
恋は盲目とはよく言ったもので、彼の言動全てがプラスに受け取られ暴走の要因となっているようだ。
酔った彼のポケットに携帯を落とし、「面倒だと思うなら、ちゃんと振ってあげなよ」と言ったものの、夢中で男を追い掛け回せる純粋さが羨ましくもあった。
その後、新大久保を離れ場所を移した後も携帯は鳴り続けていたけれど、彼は電話を取らないし私も出ることを拒否したので、彼女達がどうなったのかはわからない。ただ店の前で携帯にかじりつき同じ番号に必死でダイヤルする二人の女の姿を想像するのは少し怖かった。
恋に夢中になる事も、成就したときの幸せに浸ることも私にはもうないのだな。ちょっとした淋しさを覚えたものの、やっぱり面倒な色恋はもういいやと思う。
なんでもツーカーな旦那と二人、安らぎに満ちた生活を楽しむのが一番だ。